要旨
税理士業務は、依頼者が「何をどこまで頼むべきか」「成果が妥当か」を事後にも完全には評価しにくい側面を持つため、SNS運用の本質は“集客”というより信頼の可視化にある。本稿は、①TikTok(推薦起点の認知・権威)、②YouTube(長尺での教育=比較検討の前進)、③Instagram(関係維持=顧問化・紹介)の機能分化を、各プラットフォームが公開する推薦・ランキング説明と、税理士の広告規律(虚偽・誇大等の禁止、媒体横断の適用)を踏まえて整理し、状況別の最適な優先順位を提示する。
本文
1. まず前提:税理士のSNSは「信用財」型サービスの設計問題
税理士サービスは、顧問契約・申告・税務相談など、利用者が品質を完全に検証しにくい工程を含む。ここでは「価格」よりも、説明の透明性・予見可能性(どう進め、何がリスクで、何を確認すべきか)・継続的な応答が、意思決定の中心になる。 したがってSNSは、派手な成功談よりも、(A)見つかる(認知)→(B)理解できる(教育)→(C)任せられる(関係)の連鎖を作る装置として設計するのが合理的である。
2. 制約条件:税理士の広告規律とステマ規制が「表現の上限」を決める
税理士の広告は原則自由化の流れにある一方で、虚偽・誇大、誤認を招く表示、品位・信用を損なうおそれのある広告などは許容されない。さらに媒体は名刺・看板・Web・SNSまで広く「外部に対する表示」として扱われ得るため、SNSだけ例外にはならない。 加えて、PRや紹介投稿で「広告であることが分かりにくい表示」は、景品表示法のステルスマーケティング規制と衝突し得る。税理士領域でも、紹介(提携、送客、インフルエンサー)を使う場合は、広告主体と表示の責任関係を先に固定しておく必要がある。 結局、伸び方の前に「出し方の遵法」を設計し、それを前提にプラットフォームの役割を割り振るのが堅い。
3. SNS別の役割:同じ“発信”でも効く段階が違う
3.1 TikTok:認知と権威(推薦起点の入口)
TikTokの「おすすめ」は、視聴行動・反応・動画情報などを組み合わせてコンテンツをランキングし、ユーザーの興味に合わせて配信する、と説明されている。つまり、フォロワーが少ない初期でも、論点の切り出しが当たれば露出が発生し得る構造を持つ。 税理士でTikTokが機能しやすいのは、短尺で完結する「誤解の訂正」「制度の落とし穴」「やりがちなミス」など、注意喚起・論点整理のコンテンツである。ここでの目的は“案件の即獲得”より、専門家として想起される確率(権威の初期シグナル)を上げることに置いた方が事故が少ない。
3.2 YouTube:教育で比較検討を前に進める(新規・潜在の獲得)
YouTubeは、ホームの推薦が主に視聴履歴に依存するなど、機能ごとにシグナルが異なる形で推薦に使われると説明している。税理士にとっての強みは、長尺で「判断プロセス」を提示できる点にある。 たとえば、顧問契約の範囲、月次の見方、決算前の論点、インボイス・電子帳簿保存法への実務対応、税務調査の流れなどは、短尺SNSでは要件が欠落しやすいが、YouTubeなら前提→例外→確認事項まで含めて体系化できる。結果として、視聴は“疑似面談”として働き、問い合わせの質が上がり、比較検討を一段階前に進めやすい。
3.3 Instagram:関係維持(顧問化・紹介・再接触)
Instagramは、フィード順位付けがユーザーの行動や投稿情報等から“価値が高いと予測されるもの”を上位に置く、と公開しており、関係の履歴が効きやすい場である。 税理士の収益モデルは、単発(確定申告等)と継続(顧問)が混在するが、安定性を生むのは後者である。Instagramは、ストーリーズ・DM・ライブ・ハイライト等で、既存顧客や見込み客に反復接触(思い出され続ける状態)を作りやすい。運用の主目的は、強い売り込みではなく、安心の維持(季節業務の前に自然に相談が立ち上がる状態)と紹介導線の整備に置くのが適合的である。
4. ポジション別の最適解(優先順位)
- 顧客が少ない/開業初期:まずTikTokで認知と権威の種を作り、次にYouTubeで教育コンテンツを資産化して問い合わせを取り、最後にInstagramで関係を維持する、という「TikTok→YouTube→Instagram」が最短距離になりやすい。
- 新規は来るが顧問化が弱い:Instagram中心(関係の設計)に振り、YouTubeを“説明の定番動画”として補助線にする。
- 新規・継続は足りているが、社会的認知(登壇・出版・採用など)を取りたい:TikTokで可視性を広げつつ、YouTubeで体系知を提示して信頼の根拠を作る(Instagramは既存関係の維持として残す)。
結論
税理士が運用すべきSNSは、目的別に機能が分かれる。原則として、TikTok=認知と権威、YouTube=教育による新規・潜在獲得、Instagram=関係維持による顧問化・紹介である。顧客が乏しい段階では「TikTok→YouTube→Instagram」が合理的で、顧問化が課題ならInstagram優先、次の社会的ステージを狙うならTikTok(+YouTube)を強める。いずれも、税理士の広告規律とステマ規制を前提条件として設計し、誇大・断定・比較煽りを避けながら、前提と条件を明示する情報提供に寄せるほど、長期の信頼資産になりやすい。
まとめ
税理士SNSの意思決定は「どれが流行か」ではなく、「認知・教育・関係のどこがボトルネックか」で決めるのが筋である。推薦で見つかるTikTok、長尺で理解を進めるYouTube、反復接触で顧問化を支えるInstagram——この分業を、遵法設計の上に載せれば、過度な煽りに頼らずに“信頼を積む運用”が成立する。本稿が実務設計の足場になれば幸いである。
参考文献
- TikTok Newsroom (2020). How TikTok recommends videos #ForYou.
- TikTok Newsroom 日本語版. 「TikTokが『おすすめ』に動画をレコメンドする仕組み」
- Google / YouTube Help. How YouTube recommendations work.
- Meta (Instagram). Instagram Ranking Explained (Instagram Blog, 2023).
- Meta Transparency Center. Instagram Feed AI system (Explaining ranking).
- 日本税理士会連合会(資料)「事務所管理(業務広告の注意点を含む)」
- 内閣府(規制改革関連資料)「税理士会綱紀規則(準則)等における広告規定(PDF)」
- 消費者庁(2023)「令和5年10月1日からステルスマーケティングは景品表示法違反となります」
- 消費者庁(2023)「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」
- Kerschbamer, R. (2017). The Economics of Credence Goods – a Survey of Recent Lab and Field Experiments (PDF).
キーワード
税理士、SNS運用、信頼財(Credence goods)、情報の非対称性、推薦システム、YouTube、TikTok、Instagram、顧問化、広告規律、ステルスマーケティング
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